工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

《 阿部蔵之 》という人

Webサイト《阿部蔵之》の公開

〈木工家具の工房 悠〉のLinkページに新たに追加したサイト、人について、ここで紹介しておきたい。
私が紹介の労を執るというのも実は大変おこがましく、その分、筆勢も鈍るわけだが、それにはいくつかの理由があり、その話から説き起こそうと思う。

阿部蔵之氏

阿部蔵之氏

まずその人物だが、松本市在住の阿部蔵之さんである。
肩書きを添えるべきかも知れないが、これもとても難しい。
ある時はインダストリアルデザイナー、またある時は「木の大学」主宰者、木工プロデューサー、そして江戸指物の系譜を継ぐ木工家、etc.etc。

本人のWebサイトでは「木とデザインの専門家」としているが、ワンセンテンスで表現するならば、それが最も相応しいのかも知れない。
しかし、その呼称を越え、計り知れず、大きな人物であることだけは確かだろう。

ちょうどボクが松本に木工修行に入る頃の、80年代半ば、阿部さんは東京から松本・美ヶ原山麓に移り住んだのだったが、古来から木工の盛んな松本では、今や関係者でこの人物を知らぬ人はいないと言っても良いだろう。
しかし残念ながら、一般的な知名度は、その貢献度に比し、あまりにそっけないものであり、恐らくは信州在住者を含め、このBlog読者でも知らぬ人が多いかも知れない。

活動のフィールドは多岐にわたるが、その多くの場合、企業を対象としたデザインプロデュースであったり、地域で埋もれつつある木の仕事の渉猟であったり、海外木工家との交流であったりと、いわば国内におけるハレの場でのセンセーショナルなものではなく、むしろ対極的で地道な専門的領域での研究活動や、木に関わる関係者との個的な繋がりをこそ大切に考える行動規範を自らに課してきたことによるからだろうと思う。

国内のメディアに関わる編集者、物書きの方々の怠慢を上げる事もできるかも知れない。
一般ウケする取材対象には集中され、切り口を変えた編集で、何冊もの著作が公刊される一方、実は取りこぼしてはならない大切な素材の方は顧みられることは無かったりするわけだ。

また、これまでも何度か語ってきたことだが、インターネット社会になり、一般の人々が自己を語り、木工を語り、またそれを興味の対象とする人々に読み継がれていくといった、ここ数十年の新たな個的なメディア解放という激変の中、ネット上に無いものは、世の中には無いに等しいという認識は、ある意味におき正しいが、しかし一方、全く正しくない無いということもあることは、常に頭のどこかで意識しておかねばならない。

阿部さんの場合は、まさに後者であり、ネット上でその業績が拾われることは少ない。
しかし実は阿部さんは木工家具に関わる知の体系、それは国内に留まらず、世界大的な知の体系への渉猟には並々ならぬ力を注いできている。

残念ながら、それまで阿部さんがネット上にテキストを置いてこなかったことには、彼自身のネットとの関わり方への認識、あるいは評価が抑制に繋がっていたこともあるだろう。
あるいはまた、周囲の人々も、そのことを理解するために、必ずしも積極的にWeb構築でのテキスト公開を促してこなかったこともある。
ボク自身に対しても、Blogを中心とするネットとの関わりへの辛辣な評価を頂戴することはあっても、肯定的な評価をもらったことは無い。

その人が、昨年、ついにと言うべきか、自身のWebサイトを構築し、公開したのだから驚いた。
ご本人は、業務上の事務処理、データ処理の必須ツールとして、古くからコンピューターワークを取り入れていたようだが、ご自身のWebサイトを公開しようという姿勢への転換、この意識の変化の背景に、一体何があったのかは稿を改めるとして、並々ならぬ覚悟と、決意があっただろうことだけは明らかだろう。

Webサイトの公開にいたったことは、ボク個人にとってはもちろん、多くの関係者にとり、喜ぶべき新たな「はじまり」の一歩と言えるだろう。

私と阿部蔵之さん

ところで、私がこの木工の世界に職業の対象として興味を抱いたのは、1985年頃に遡るが、そのきっかけの1つは新宿副都心のホテルので開催されていた『木と人間のかかわり』という大規模な催事だった。
通商産業省、林野庁、文化庁、朝日新聞などの後援で、日本デザイン学会が開いたものだった。

木に纏わる様々な知とモノの展示、シンポジウム、あるいは木工家による実践などのワークショップなど、多岐にわたる催しは、当時、木と木工に多少の興味しか無かったボクの目を釘付けにし、魅入らせるに十分なものだった。

後年、阿部さんと知己を得、その当時のことに話しが及ぶと、「あっ、それは私が企画し、開いた催しなんだ」とサラッと告げられ、驚いたものだ。

それとは知らず、ほぼ同時期、新橋駅前のギャラリーで開催されていた『木のジョイントシステム展 國政流変形枘・逆枘 組手系譜』を観たのだが、そこには信じがたいほどの精緻な組み手、複雑な枘の形状に圧倒されたのだが、これもまた阿部蔵之氏による企画展示だった(恐らくは、当時のその年齢は40歳前後という若さである)。

後年、私の松本での修行が始まり、職場の先輩宅を訪ねた折のことだが、この『木のジョイントシステム展 國政流変形枘・逆枘 組手系譜』のポスターが壁に貼られているのを見付け、先輩に問いただし、話は盛り上がったものだが、その主催者が同じ街に暮らしはじめたことを、何やら誇らしげに話すのだった。

ボクの木工への初発の意志は、まるで阿部さんに導かれるように定まってしまったのかも知れない。

そして親しく知り合うことになったのは、1991年、阿部蔵之氏のアトリエを会場に開かれた『WOOD WORK SUMMIT ’91』だった。

既にボクは修行先の松本を離れていたが、洋書店・東光堂のスタッフに促され、木工家としては未熟ながらも参加の機会を得ることとなったのだった。

この『WOOD WORK SUMMIT ’91』は、木工に携わって間もないボクにとり、大きな勇気と希望を見出し、与えられる好機な企画で、その後の木工人生への道筋を切り拓くものだった。
(『WOOD WORK SUMMIT ’91』の詳細は阿部さんのWebサイトにあります)
その後は、事あるごとに叱咤され、励まされ、あるいは木工を巡る日本の歴史から現状、それらを蕩蕩と開陳、指導されるなど、公私にわたって、まさに師と言うべき関係になっていった。

インディペンデントのプロフェッサー

さて、ボクとの関わりという卑近なところからの紹介で終始してしまったが、もう少し公的に敷衍したところから記述せなばならないのだが、ここでは私が案内するよりも、ご本人のWebサイトに深く入り込む方が間違いが無いだろうと思う。(Link

ここでは簡単な紹介に留めておきたい。

阿部蔵之氏は、木工の世界にあって、まさしく碩学とも言うべき研究者であり、また実践家である。
木工というものづくりの世界にあり、このような人は稀有な人材と言えるだろう。

一般の知名度はともかくも、阿部さんは木工(ハード)と、木に関わるデザインを含む様々な領域{ソフト)での専門家、あるいはアカデミックな領域でのそれらの世界では良く知られたプロフェッサーである。

私は失礼ながら本人に向かい、さん付けでしかな呼ばないが、多くの人は先生と呼んでいる。
それがふさわしいのも肯ける人、プロフェッサーなのである。
《日本デザイン学会》には、いくつかの論文も発表され、これらはまた他の教授からの引用もされていることからも、その業績は広く認められていると言って良いだろう。(CiNiiサイト

こうした論文を著すアカデミズムの世界に棲息しているプロフェッサーのほとんどは、大学などに所属し、俸給を得ながら活動するというスタイルを取る人たちだが、彼は違う。
野にあり、全くのインディペンデントとしてのスタンスを持ち続けている人である。

私のような気まぐれな者が、長年これまでお付き合いいただけているのも、そうした生き方に関わっているのかも知れない。
大学に職を得、好きな研究に専念するのも人生だが、そうした安定を断念し、独立の精神を尊び、困難な道を切り拓いていくのも人生だ。
ボクはやはり後者に人間的な魅力を感じるし、貴いと思うのである。

そうしたインディペンデントを尊ぶ阿部さんだが、ボクのような現場で木屑に埋没しシコシコと仕事に追われている者とは違い、木工世界の潮流を右に見つつ、左には木工を人間の総合学として捉え、分析する遠大な視座を持つ学者としての資質を有し、またそれを自らに強く課す、意志の人である。

現場で蠢く木工世界の素材を膨大なリソースと照合させつつ、思考を繰り広げ、そこから導き出されるエッセンスをボクたちに囁き、あるいは提言し、共に考え、在るべき方向性を模索し、進んでいく。

有能で類い希な才覚を活かし、稼いだ所得の多くを、必ずしも恵まれていない木工世界へと還元させ、掬い上げようとする、その生き方の中に、ボクは木工への希望を見る思いがする。

モノ作りは素材と、やはり人である。
人の器の大きさ、懐の深さ、深い識見と鋭い慧眼に促され、凡夫にも何事か為し得る勇気を持つことができるということを、阿部さんという人物をとおし、教えられたと思っている。

さて、阿部さんがWebサイトを構築し、公開したことの背景に関わる話しであるが、次回、阿部さんによる、ある企てへの踏みだしについての記述の中で説いていきたいと思う。

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