工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

スカンジナビアン Workbenchの勧め

Workbench1
画像は椅子の座の調整をしているの図。
組み立て前に当然にも座板は座刳りから仕上げまであらかじめやっておくとしても、ロクロ脚の貫通ホゾとなると、あらためて突き出た角のカット、座刳り再調整が必要となる。
画像はこうしたプロセスの図だが、ここではご覧のように1本の脚の根本をワークベンチ、Tail Viceのアゴでしっかりと咥え、完全に固定されている。
したがって押挽ノコでのカット作業、その後の座刳り仕上げまでのプロセスは、あたかも座板だけを固定して削るかのような最良の作業環境の中で仕事に打ち込めるというわけだ(このハイスツールのような脚長のものでは座への作業アプローチは不安定きわまりないからね)。
作業台、Workbenchには様々なタイプがあるが、こうした利便性、機能性を提供してくれるものの中でも恐らくは最良のタイプだろう。


例えば日本古来から今に至るまで使い続けられている、当て台と言われる作業台にはそもそも万力という機能は無い。
ただ松本地方のものはこの当て台の先端の方へと、比較的大型の万力をオプションとして取り付けることのできるユニークな構造となっている(松本民芸家具の制作システムの中から生まれたものなのか?、他の地方では同様のものがあるのかは不明)。
あるいは立ち台と言われる4本脚に甲板を取り付けただけのもの、さらにそれに当て台を乗せたようなものもよく使われてると考えられるが、これにいわゆる汎用の万力を取り付ける、あるいは木工用の万力を取り付ける、などの応用型もあるだろう。

鉋イラスト

一方、欧米のWorkbenchにも様々なスタイルがあるが、この画像のような、いわゆるスカンジナビアンタイプと言われるものはアゴ部分に万力機構では欠かすことのできない2本のバーが無いと言うところにその特徴があり、他と比較して大きな優位性を認めることができる。
万力の邪魔な2本のバーが無いので、このようにロクロ脚でも、平角の板でも、何でも、咥え込み、水平方向に均一な圧締力を加えることができる構造となっているのだが、この利便性というものは実際に様々な作業工程を経験してみることでしか体得できないものなのかもしれない。
もちろん作業台と、それの付加機能というものは、制作対象により取捨選択して設計、制作すれば良いのだが、このスカンジナビアンタイプのものが最も汎用性が高いと言って良いだろう。
ボクは工房を立ち上げた最初の作業が、このWorkbenchの制作だった。
思い返せばあれから既に20数年が経過し身体はややガタが来ているかもしれないが、このWorkbenchだけは全く衰えを知らず、まだまだ数十年〜100年〜と使い続けることができるだろう。シンプルな構造で、堅牢な作りであるので、基本構造、機能が劣化することは考えにくい。
制作当時は海外のショップへのアクセスなど考えもしなかったので、ハードウェアの入手には困難を強いられた。
Tail Viceは上述した松本民芸が使っていた1インチのスクリュー(角ネジ)を、Shoulder viceには渋谷の「関東機工」(木工専門の工具屋。今はもう無いかな)から入手。
いずれもこのWorkbenchにはそのままでは使えないので、旋盤加工が伴ったのだが。
今では良質な専用ハードウェアが簡単に入手できるので、うらやましい限りだ。
無論、制作がめんどうくさければスウェ−デン、ドイツあたりから購入すれば良いだろう。
ULMIAのものなど垂涎ものだからね。
ま、背も低く、体格もないボクのような者は最適なサイズで自作するのが一番。
上述したように、一生使えるものであり、有能なパートナーでもあるので、惜しまず最良のものを制作したいもの。
おい、オマエ、そこを持ってろ、などと今の若者にアシストしてもらうのはやや憚られるかもしれないが、Workbenchはこちらの要求にただ黙って見事に付き従ってくれる。
鉋イラスト

ところでこのWorkbench関連の記事を上げたことについて少し押さえておこう。
むろん普段から使っているWorkbenchなのであらためてこのような紹介をするのも如何かと思うし、触れるのであれば読者の幾人からもリクエストされている体系的な論考を上げるべきところかもしれないが、今日のところはお許し頂きたいと思う。
画像のような作業の途上、ふと紹介すべき事柄かも知れないと思いついたまでのことだったからね。
ただここで1つだけ触れておくとすれば、ぜひ自身の作業環境(制作対象、その作業クォリティー、作業スペースなどの所与の条件)に適合する最良の作業台、Workbenchを導入、制作すべきということ。
とりあえずこの程度で良いだろう、などといったいわば自己欺瞞的な考えでの設備は、その職人の制作スタイル全般に影響を及ぼすものとして自らに跳ね返ってくるものかもしれない。
ボクが知る美術系大学K校の実習室には多くの本格的なスカンジナビアンタイプのWorkbenchが鎮座している。
教授が何としても、という意欲で数年間、予算を確保して、スウェーデンから取り寄せたものだ。
学生らに最も良好な作業環境を与えることで、高い意識を持って臨んでもらいたいという考えからだ。
逆に例えば量産工場などで見掛ける合板の甲板を持つ作業台では、そこの職人にはその程度のモノヅクリしか期待しないというメタファであるかも知れない。
ボクが松本民芸家具の木工所に入所し、まずは木取りのアシスタントを勤めたのだったが、その後数ヶ月経った頃、ある朝親方から、これがオマエの当て台だ、と言われ、幾人もの職人の当て台が並べられた作業室に招き入れられた。
一定の作業スペースには、樺の3寸板で作られた当て台がドンと置かれていた。
いよいよこれからだ、と高ぶる気持ちを今でも思い返すことができるが、それは与えられた当て台の存在とともにあったことは言うまでもない。
与えられたのは決して広いとは言えない作業スペースだったが、ドン !と一枚の当て台があるだけで、木工職人としての職業意識というものを掻き立てるシンボリックなものだった。
重厚なミズメカバの分厚い板で構成された家具を組み立てるには、この頑固な3寸板の当て台でなければ御しきれなかったことだけは確かだからね。
恐らくはこれまで何人もの職人に仕えてきた当て台であったろうが、軽く手押鉋盤で一鉋掛ければ、まっさらなカバの板面が現れ、蟻桟のストッパーだけ付け替えれば立派に働いてくれるものとなった。
鉋イラスト

The Workbench Book: A Craftsman¥'s Guide to Workbenches for Every Type of Woodworking現在はこの当て台に代え、スカンジナビアンタイプのものを常用しているが、当て台も1枚置いてある。
背の高いものを組み立てたりする際には床に置き、この上でバシッと圧締するためだ。
さて、この記事はこのあたりで終わりとしたいが、興味のある方は、Taunton press社から良書が刊行されているのでそれにアクセスしてもらいたい。
The Workbench Book
また、一部、ネット上からもPDFで入手可能(ただし、FineWoodworks購読者のIDが必要)
画像下は、ボクが制作する際に参考にした図面と、工房内スナップ(めちゃくちゃ旧い画像だな)
上述書籍に掲載され、ネット上で公開されているものから拝借。(Frank Klausz 氏 設計制作)
実際には幅を広く取り、ドックホールを2列に、Worktop下は収納キャビネットを設け、手工具を整理させている。
Workbenc図面
Workbench悠
* 参照
■ FWW Workbench 〈Gallery〉
〈The Best Workbenches〉
■ 「Workbench」関連過去記事(12
木工用作業台 (「木工家具の 工房悠へジャンプ)

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 今回、私が作ったワークベンチは市販のツインスクリューバイスに
    してしまいましたが、2本のスクリューが邪魔な事もありますが、多少なりとも
    潤滑油の付いたスクリューが材に接触するのが気になります。
    接触しないように使う工夫が必要だと思っています。
    まあ、私の狭い工房では、あの大きなショルダーバイスは元々ちょっと
    無理なのですが。

  • うちにもここで紹介したものの他にもう1台の大きなWorkbenchがありまして、それは1本のスクリューで、奥行き全幅を作動させるタイプです。
    ツインスクリューですと均等な締め付けができるでしょうね。
    > 潤滑油の付いたスクリューが材に接触するのが気になります
    べた付くほどに注油しなくても良いのではないですか。
    >あの大きなショルダーバイスは
    確かに出っ張りがありますのでね。
    そこだけ場所をとらない、記事中のULMIAのようなタイプであればクリアできるかも知れませんね。
    失礼ながら、アマチュアの方であれだけ立派なWorkbenchを置かれるというのは驚きですよ。

  • ありがとうございます。
    artisanさんに洗脳されてしまいましたからね(笑)

  • “洗脳”ですか(爆)
    少しは“ねらい”が奏功しつつあるということでしょうかね。シメシメ…

  • こんにちは。
    FineWoodworkingの書籍や、このブログを参考にさせていただきながら、ワークベンチの設計をしていますが、そこでひとつ気になったことがあります。

    スカンジナビアンタイプのベンチトップは、三方または四方を囲って枠をつけたような形になっている物が多いですが、木の伸縮にどのように対応しているのか。ということです。

    設計図を観察したところ、木口面の枠は接着せず(ボルト締めのみ)ツールトレイ側に逃しているのかな?という結論に至ったのですが、実際どうなっているのでしょうか。

    ブログ休止中とのことですので、可能なときにお答えいただければ幸いです。

    • 問い合わせにお答えします。
      Workbenchのtopの材の伸縮問題ですね。

      私のWorkbenchは、motorajiさんもご覧になっていらっしゃるかも知れませんが、
      Blog記事のようにTaunton press社
      〈The Workbench Book〉の中のFrank Klausz氏のものを参照し、制作したものです。

      Amazonにもありますが、「Look Inside」ということで対象ページが覗けますね。

      こちらのP55、およびP230のところ。

      ご指摘のように長手、妻手ともに枠で囲います。
      Worktopですが、いくつかの部材(3寸角、2寸板を基本とし)で構成し、
      これをボンドを塗布し、雇い核を介し、接合させてしまいます。

      さらに仰るように、これを寸切りのボルトで貫通させ、締めます。
      (四半世紀を経た今では、1年に1回ほど、増し締めします)

      伸縮の考え方、対応ですが、まず何よりもよく乾燥した材を用いること。
      妻手は、蟻で指すこと。
      などですが、
      確かに四季の変化、あるいは経年変化で伸縮は当然あると思われますが、
      これまで支障をきたすほどの障害はありません。
      因みに、ツールトレイの地板部分は、小穴にしゃくり出しで嵌めています
      (この部分はボンドは使わない)

      木取りにおいて余裕があれば、柾目取りすることで、伸縮影響の軽減が図れます。

      年1回、ボルトの増し締めの際、平滑性を出すためにWorktopに鉋掛けをします。
      また、普段から、こびりついたボンドなどを除去するために、
      カンナでさらさらと横摺りしています。

      しかし様々なスタイルのWorkbenchがある中で、
      スカンジナビアンタイプのものを選択するというのは、
      優れた見識であり、意欲だと感心します。
      スカンジナビアンタイプはViseが多機能ですので、
      あなたの優れたアシスタントになってくれること請け合いです。

      間違っても、合板などでおざなりに考えない、というのがすばらしいですね。
      ぜひ良いものを制作してください。
      因みに用材ですが、ご存じと思いますが、
      国産材としては、樺材(マカバ、など)が最適です。

      ※ Blog更新休止中ですが、こうした問い合わせには可能な限りにお応えしますので、
       今後ともよろしく。

  • さっそく、詳細な解説をしていただきありがとうございます。
    ワークベンチの経年変化など気になっていたので、とても参考になりました。

    今まで、無垢板の作業台を使用したこともなく、ましてやスカンジナビアンタイプなどという言葉は聞いたこともなかったのですが、ちらほらと見かける西洋のワークベンチには「使いやすそうだなぁ」という印象を持っていました。

    日本式(?)の合板の作業台は、今まで使用していた中で限界を感じていたので、このブログの記事を見てすぐに自作しようと決めました。スカンジナビアンタイプは立ち作業の木工に最適化されていて、今まで感じてきた不満を解決してくれるものと期待しています。

    まだ設計段階ですが、自分の頭でじっくり考えることで、すでに愛着が湧きはじめたような…(笑)完成が楽しみです。

    • 国内では、こうしたスカンジナビアンタイプの普及はまだまだですが、
      私の周囲では多くの職人が使っています。

      紹介した《Workbench》書では「An Old Fashioned Workhors」
      といった紹介のされ方がされ
      「故きを温ねて新しきを知る」ではありませんが、
      良いものは良い、ということで……。

      J・クレノフ氏などは、これと同じタイプを愛用していましたが、
      バイスのスクリューが木製であることにその特徴を見ることが出来ます。
      同じ制作者(スウェーデン)によるものを使ったことがありますが、
      とても良いフィーリングでした。

      ただバイスのスクリューに木製のものを導入するのは困難で、
      鋼鉄の汎用品を使うことになりますが、
      軸は1”以上の太さのものをお奨めします。
      太い方が、締め付け、解放がイージー、使い勝手がよろしいでしょう
      (米国個人通販店舗から様々に入手可能)。

      設計図としましては、《Workbench》の他にも、様々に入手可能ですが、
      FWW誌のWebサイトからも、関連する様々なPDF文書が閲覧可能です(購読者IDが必要)。

  • 度々ありがとうございます。

    FWW誌のPDFアーカイブは、月額制のアカウントを取得して参考になりそうなものを入手しています。バックナンバーの有益な記事にすぐアクセスできるというのは便利ですね。

    バイスも重要なパーツだと思うので、FWW誌のレビューなどを元に検討中です。軸の太さについてのアドバイス、参考になりました。

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