10日、ノーベル賞授賞式が執り行われる ストックホルム・コンサートホール
アルフレッド·ノーベルの命日である12月10日、ストックホルム・コンサートホールでノーベル文学賞の授賞式が執り行われる。 アジアの女性として初のノーベル文学賞の栄誉を授かるのが ハンガン (漢江 、Han Kang )さん。
既に数日前からストックホルム入りされていたとみえ、日本時間、6日の夜、スウェーデンアカデミー (ノーベル文学賞の選考を兼ねる国立の学士院)においてメディア向けのカンファレンスが行われ、これが世界にLive中継されており、私も少しYouTubeでLive視聴した。
日本国内の一部のメディアでもストレートニュースとしてこれが報じられたのは、他でも無く直前の3日の夜半に尹錫悦大統領 が「非常戒厳 」を宣布し、その6時間後には慌ただしくもこれが解除されるという、風雲急を告げる状況となり、ソウルで日々執筆を行っている彼女の発言に注目がいくのも当然というわけだ。
ストックホルムに向かう前、ソウルの自邸で小説執筆の手を休め、ノーベル文学賞受賞スピーチ原稿を書き、推敲を重ね、授賞スピーチへと準備万端でいたものと思う。
しかしこの原稿は、自国が動乱のただ中にあるところから修正を余儀なくされ、ストックホルムのホテルの小部屋では授賞式を前にした高揚感は失せ、遠くソウル国会前の刻々と変わる+緊迫した動静を気に掛けながら、冷や汗搔き搔きの執筆だったに違いない。
元の受賞スピーチ原稿では近代韓国の文学の営為から、ご自身の文学への関わり、小説のテーマであったり、スウェーデンアカデミーが受賞理由とした、詩的な作風への思いなどとともに、 4.3済州島事件、光州民主化運動とそれへの弾圧など、圧倒的な暴政の下で、蔑ろにされる人の命への尊厳と悼み、悲しみ、そしてその下で生きていく韓国の人々の強さなどを、現在進行するウクライナへのロシアの軍事侵攻 、さらにはイスラエルによるガザへのジェノサイド への苦悩という現実に照らし合わせ、思考を深めるといった言及もあったのではと勝手に想像してしまうのだが、これは間違っている所為だろうか。
朝日新聞12月6日 デジタル版より(記事はこちら )
『そっと 静かに』から
これは今に生きる文学者として避けては通れない命題であるからという一般的な了解もあるだろうし、さらにはそこを越え、彼女自身、エルサレム に住むパレスチナの詩人、作家であるマフムード・シュカイル と親しく交流していたようで(『そっと 静かに』の中で一章設けられ、語られている事柄だ)、
生存さえ危うい過酷な状況下に置かれた、年上の友の事を考えれば、世界有数の軍事力を誇るイスラエルによる暴政とその下で生きる か弱き人の命のもろさというものを大きなテーマとして描いてきた文学者として、まさに差し迫った問題として言及するであろうと、ある種の確信めいたものさえあったからね。
事実、スウェーデンアカデミーが2024年のノーベル文学賞をHan Kang氏に授与すると発表された際、彼女は周囲の求めに応ずること無く、受賞会見を拒むという態度を取っている。
その理由が世界の状況(ウクライナ、ガザの過酷な現状)から、「今すぐスポットライトを浴びたくはないです、私は静かにしていたい。世界に多くの苦痛があり、私たちはもう少し静かにしていなければなりません」 と応答したと伝えられている。
ここに漢江氏の文学する根幹の一端が垣間見られるように感じたものだ。
暴政に打ちひしげられる人々に強く共振し、これを自身の人間的な感性として受け止め、学び、鍛え、そして創作への源へと昇華させていこうとする態度。
しかも、何とあろうことか、彼女の大作『少年が来る』 では、1980年の光州事件をテーマに描いており、3日夜半の尹大統領の「非常戒厳」は、まさにこの光州事件を彷彿とさせる軍政による民主主義の圧殺であって、このあまりのリンクに漢江さんは身震いしたに違いなく、いつ止むとも知らないガザの惨憺たる状況への懸念とともに、自国の現在進行形の危機的状況に頭を抱え込み、スピーチ原稿への手直しも容易では無かったのでは。
このノーベル文学賞受賞理由として、スウェーデンアカデミーは 「作品のなかで、過去のトラウマや、目には見えない一連の縛りと向き合い、人間の命のもろさを浮き彫りにした。 彼女は肉体と精神のつながり、生ける者と死者のつながりに対して独特の意識を持っており、詩的かつ実験的な文体で、現代の散文における革新者となった」 と讃えている。
昨夜12月6日、授賞式を前にしたスウェーデンアカデミーでの記者会見において、彼女はこの自国の動乱に驚天動地の思いに追いやられ、穏やかならざる精神状態に陥っただろうことも想像に難くない中、スウェーデンの伝統的な美しい椅子に、シンプルで清楚な黒づくめの出で立ちで腰掛け、尊敬の眼差しと意地悪な顔を持つ各国記者を前に、いつものように静かに言葉を紡ぎ、しっかりと受け答えしている印象だった。
そうは言っても胸中の穏やかならざる不安と苦悩を押し隠しているのだろうなとの緊張感も感じ取れ、いつもの笑顔は少なく、1時間余りで会場を足早に立ち去っている。
(下の画像は記者会見で見せてくれた照れ笑いというのか、柔らかな笑顔があったので、スクショ。 彼女のインタビュー映像を観る限り、世界的に評価されている大作家でありながら、語り口はとても静か。威圧する雰囲気はまったくなく、屈託無く笑うところからも好印象を与えてくれる)
12月6日 スウェーデンアカデミーでの記者会見より(YouTube スクショ)
今深夜 行われるというノーベル賞博物館での講演が楽しみ。 YouTubeで Live配信が行われます。(こちら から) 日本時間、8日 0時からです (次は、読み進めている漢江氏の著書についても触れていければと思う)