2026熊本地震・避難所から透けて見える人権の欠如
日本は落ち目とは言え、GDP 4位の先進国です。
しかし、2026熊本地震により避難を強いられた人々がおかれた環境を視るに付け、被災からの悲嘆を抱え、この猛暑を生き存えることが難しい状況であるのは明らかで、被災者も、TVから伝えられる現状を視る私たちも、眩暈がしてくるのは暑さのせいだけでは無いでしょう。

体育館の硬い木の床の上に毛布1枚で横たわる雑魚寝の状態で、被災によるメンタルの憔悴と、壊れてしまった家の片付け作業などによる身体の疲労を抱え、空調も無い熱帯夜をどう過ごせと言うのでしょうか。
画像は熊本県宇城市の〈小川防災拠点センター〉の様子ですが、防災拠点センターと銘打たれた施設であるにも関わらず、雑魚寝というこの光景。凡夫には理解を超えています。
ただ雨露凌げるだけで、防災拠点センターを名乗れる理解不能さに唖然としてきます。
10年前の熊本地震、先の能登半島大地震においても視られた同じ光景ですし、もしかすれば雨露を凌げるだけという意味では、100年前の状況とさほど変わらないのかも知れないのではと思い至るのは私だけでは無いのでは。¯\_(⊙︿⊙)_/¯
この災害列島・日本において、大災害の度になぜ段ボールベッドじゃなく雑魚寝なのか、なぜ水とパン1個だけで、暖かい食事が届かないのか、なぜトイレが整備されないのか、
毎回、毎回、同じ疑問が口から出てTVに向かい嘆いてしまうのですが、さすがにこの秋には防災庁が設置される日本なので、改善されつつあるだろうと思いきや、
被災者に与えられる環境は、ミリも改善されていないようです。
軍事費だけは倍増され、自衛隊の兵站の現場では使い切れない程の予算措置で頭を抱えているとの話がある一方、毎度毎度繰り返されるこの被災現場の哀しき光景、
いったいなぜなのでしょうか。
この不可解な状況をよく考えれば、行き着くところは、日本という国の、日本社会の、「人権意識の欠如」では無いでしょうか。
さらに言えば、日本は明治維新以降、近代国家への道を歩み始めたとされていますが、現実のこの被災現場を視れば、日本のいったいどこが所与の前提である、ひとり一人の人権が保障される近代社会なのか、という根源的な疑問にぶち当たるのです。
被災者が置かれた環境は、誰がどう視ても、日本国憲法下で保障されている人権を無視された環境といわざるを得ないものがあり、とてもひとりの人としての尊厳が守られているようには思えません。
落ちぶれてしまった日本社会とは言え、国家予算の規模を考え、毎年のように大災害が起きてしまう状況を考える時、最低限の清潔なトイレ(T)、温かい食事を提供するキッチン(K)、段ボールのベッド(D)の「TKD」は発災後、48時間内に潤沢に設置できなくはないはずなのにです(TKD48)。
避難所の環境について、国際的には〈スフィア基準〉というものがあります。
そこでは1人あたりの居住空間は最低3.5㎡を確保し、必要不可欠な次の4つの要素を満たすことを求めています。
- 給水、衛生および衛生促進(WASH)
- 食料安全保障と栄養
- 避難所および避難先の居住地
- 保健医療
日本よりはるかにGDPの低いイタリアなどの欧州、あるいはアジアの台湾などではこうした基準は積極的に取り入れ、年々改善されているようですが、発災後5日も経つ今(2026.08.02)に至るもなお、室温30度を超える環境下、雑魚寝の光景が続いているというのは、どうにもやりきれません。
雑魚寝ではとても身体は休めませんし、床と同一平面ですので、床埃がまともに呼気に混じり込み、感染症へのリスクは高まることでしょう。
雑魚寝では高齢者は「起きて起ち上がる」動作の困難さから、身体活動が緩慢とならざるを得ず、健康維持はより困難なものになりかねません。
無論、この状態ではプライバシー空間は与えられず、ストレスは高じる一方で、人に依ってはそれだけで体調崩しかねません。
3.11時の避難所では密かに語られていたようですが、被災者への性的被害も少なく無かったようですが、これこそ暴力的で犯罪的な「人権侵害」以外の何ものでも無いでしょう。
家族単位でテントが設置され、その中には段ボールベッドなどが置かれ、安心して休める空間を確保することは必須なのです。
段ボールベッドも各自治体では数10台単位でしか備蓄されていないとの報道もあり、驚かされますが、せめてその自治体の人口の1/5ほどの数ぐらいは備蓄しておいて欲しいものです。
各自治体単位では、小規模の自治体もあることから一律に決めるのは無理もありますが、広域の自治体が協議会を設け、この広域単位で備蓄管理するという方法は可能でしょうし、秋には発足すると言われる〈防災庁〉ですが、国の備蓄管理と、被災時には、プッシュ型で届ける体制を整え、48時間以内に、スフィア基準を満たすような体制を早急に作らねばまずいのでは無いでしょうか。
今のところ、災害関連死とされるのは、7月30日に死去された70歳のご婦人、ひとりだそうですが、避難所施設の劣悪さから、車中泊された結果としての死去だったとのこと。
このまま、避難所の劣悪な環境が改善されないようであれば、災害関連死や寝たきりの高齢者が増大しかねません、
厳しい言い方をすれば、これはまさしく人災です。国や自治体の不作為と言わねばならないでしょう。
こうした災害時における基本的な要望に対し、政治家はたぶん、こう言って反論するのかも知れません。
「君は何も分かってない。君の言っていることが例え正しくとも、何事も予算措置が必要・・・。君が考えるほど単純な話しじゃ無いのよ」などと?
現在、公立学校のエアコン設置は80%を越えているようです。
このエアコン設置の措置ですが、2018年夏の猛暑から生徒の熱中症が相次ぎ、これに対する野党のエアコン設置への強い要望により補正予算が措置されたことによるものでした。
(選挙ドットコム)
これにより、ほぼ全ての公立学校にエアコンが設置されるという経緯があったのです。
つまり、文科省もあーでもない、こーでも無い、と様々な屁理屈をこね、予算措置を先延ばししていたものの、政治的な課題として浮上した途端、一気に進むという事態、
ようするに 政治意志の問題なのです。
軍事予算を倍増させ、消費税を1%に削減させる前に、災害列島・日本を、政権が良く言うところの「国土強靱化政策」のイの一番に、段ボールベッドを備蓄し、清潔なトイレカーを準備し、飲食業界と協議の上、キッチンカーの48時間以内の派遣を可能に、などということも、政治意志さえあれば絶対に可能なはずなのです。
「人権監視」の独立機関の無い日本
2026熊本地震での避難所「雑魚寝」の光景はもう止めませんか。
世界に恥を晒すだけです。
これは日本には人権が蔑ろにされていることの証しとして観られているのですよ。
もう既に、この「人権」については幾度も国連から勧告されてきている日本ですので、驚くに値しないのかもしれません。
この国会で定められた〈皇室典範改正〉ですが、国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)は、「男系男子」に限った皇位継承は女性差別にあたるとして、皇室典範の改正を勧告していました。
これこそ、人権を蔑ろにしている日本という姿への勧告でした(朝日『「大人げない」外務省の”身内”からも懸念の声 国連委への対抗措置』)
他にも、国連機関の「人種差別撤廃委員会」からは、「包括的な人種差別禁止法の制定せよ」「朝鮮学校を高校無償化の対象から除外するな」などの勧告は幾度も届けられています。
(例えば、https://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section4/2018/11/post-201822.html)
多くの民主主義国家には「人権」を調査、研究、監督する独立した機関が設置されていますが、日本にはこれに類するものが設置されたことはありません。
私が先に示したように、この「人権」への不徹底な日本というのは、近代国家というのはまったくのデタラメで、前近代のアジア的な封建遺制が未だに蔓延る、田舎っぺ、ということを表す指標でもあるのです。
こうした「人権」意識の欠落、弱さというものが、災害時の避難所の「雑魚寝」を許容させ、災害の度に課題として浮上するものの、3月も経てば、忘却の彼方へと・・・。
人を人とも思わぬ、政治の不作為であり、災害弱者への冒涜なのです。
災害ボランティアについて
ボランティアと言っても様々な関わり方があり、被災者住宅の片付け、避難所の管理運営だけではなく、温かい食事を振る舞ったり、かき氷を振る舞ったり、あるいはまた被災者の子どもと一緒に遊んだり、高齢者の話し相手になるだけでもとても有益な活動であって、創意工夫で様々な関与の在り方があるのだろうと思います。
2011.3.11東日本大震災の際、私たち3名は石巻への〈緊急ボランティア隊・エスペランサ〉に起ったのでしたが、あの時は、まだ行くべきじゃ無い、であるとか、素人が行っても邪魔になるだけ、などとボランティアに起ち上がる事への牽制だったり抑圧のようなものまでありました。
クーラーの効いた快適な部屋から、いやあの時はコタツに温まりながら?、一知半解のワイドショー コメンテーターの如くにボランティアに起ち上がる人々を腐す前に、被災者の現状、苦悩、悲しみ、要望などをどれだけ真剣に受け止めた上での物言いなのか、ということなのだろうと思います。
こうしたことは能登半島大地震の際にも大きな問題となり、ボランティアの起ち上がりへの阻害として結果していましたね。
事実、静岡や、三重県から800kmを疾駆し駆けつけたことを知り、自分たちに寄り添ってくれる人がいるということに接するだけで、暗く沈んだ顔に明るさが戻り、励みにもなれば、一時でも喜びとして伝わり、復興、復旧へのパトスを引き出す契機になり得るものだと言うことを、身をもって教えられたものです。
あの時は持ち込んだテントで寝泊まりしたのですが、このテントも雪の重さで潰されもしましたが、2026熊本地震 被災地の猛烈な暑さはさらにもっと過酷だろうと思います。
地震による被災と猛烈で過酷な暑さとの複合的な被災との格闘になるのは必至です。
何よりも堅固で明るく組織的なボランティアセンターを構築することが肝要ですが、
二次被害など出すことの無きよう、くれぐれも留意していただければ、被災者に寄り添う有為な活動により、被災者はもとより、被災地から日本社会全体への大きなエールになることは疑いありません。














木工家具のデザイナー & 職人のartisanです。
